
立山 五万分の1の地図
国土地理院
(昭和63年11月30日発行)
『劔岳・点の記』の映画を見た後 読み終えました
登頂がなされたのは明治40年のこと。主人公の柴崎芳太郎測量官は、陸軍省陸地測量部三角科に
属し、当時は陸軍が国土の測量をしていた。
明治のこの頃迄には、日本は、ほぼ全ての地域において5万分の1の地図を作成していたが、この
北アルプスの劔岳を含んだ立山連峰の一帯、東西約20km四方の一帯は、まだ20万分の1の地図
しかなかった。急峻な山が多いため、見取図程度のレベルしかなかったようだ。
これでは登山をする場合などには殆ど役に立たない。
明治30年代末に、ヨーロッパ同様日本にも山岳会が作られると、彼らはこの一帯の山を登るために
5万分の1の地図の公表を要望したようだ。そして早期に作れぬようなら未踏峰といわれる劔岳に、
山岳会が先に登ると言う。
そして山岳会と陸地測量部とで初登頂を目指し競争することとなった。

立山・剣岳に登山やスキーで行った時、間近で見たライチョウの写真を ぜひ撮りたいと思っています
「剣岳と早月川」のスケッチは 登山家橋本廣氏の画集より
この山景画集は 映画『おくりびと』で有名になった
「納棺夫日記」を最初に発行した
桂書房(富山市)の発行です

本格的な夏山シーズン到来ですが、ご無事で登山されるよう祈っています